ある昭和史

「あらざるべきことがあり、あるべきことがない!」
 
 本書で色川は自分史を試みる庶民の一例として、橋本義夫という八王子の奇人をとりあげている。冒頭の言葉は橋本の当時の心境をあらわした言葉だ(ただし橋本は天に唾する、そうとう困った人の部類に属すると思う)。
 橋本は「あるべからざることがあり、あるべきことがない」という現実に絶望し、三度自殺を試みた。そしてライプニッツの「理由なしに何者も存在しない」という言葉にぶつかり、「あるべからざることがある」には理由がある、という考えにいたった。そして自然科学の方法論、唯物史観を独力で学んでいく(199-200頁)。
 時は移れども、この状況は今も変わっていないことに気づき、ゾッとした。
 
(数年にわたる建碑運動を回顧した言葉から)
「地位の低い人や経済力のない人間が企てると反対が大きい。それは上からくる迫害ばかりでなく、同位置に近い人から反対が出る。競争心と嫉妬心が原因である」(227頁)
 
 村びとは慣習的な世界に育ち、狭隘な性格をつくり上げる。うち者・よそ者意識、財産・身分による差別意識で凝り固まり、一身一家の利害だけ考えて嫉妬し競争しあう(187、190頁)。

2012/2/17読了